顧客の一覧表があって、過去に解約した人には印がついている。この表から、まだ印のない顧客のうち誰が解約しそうかを当てたい。機械学習でいちばんよくある仕事のひとつです。
これまでは、特徴量を作り、勾配ブースティングのような手法でモデルを学習させ、設定を調整して検証する、という手順を毎回踏んでいました。新しい問いが出るたびに一からやり直し。NVIDIAが2026年9月29日に公開したKumo Tabularは、この手順をほぼ飛ばします。
Kumo Tabularとは
表データ専用の基盤モデルです。ラベルのついた行と、予測したい行をまとめて渡すと、1回の計算で予測が返ってくる。学習も調整も、特徴量を作る作業も要らない、とNVIDIAは説明しています。分類(解約するかしないか)と回帰(売上がいくらか)の両方に対応。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 公開日 | 2026年9月29日 |
| 開発 | NVIDIA(Kumo Structuredモデル群の1つ) |
| 大きさ | Small・Medium・Largeの3種類(2,800万〜2億1,500万パラメータ) |
| 学習データ | 人工的に生成した表のみ |
| ライセンス | OpenMDW-1.1(商用利用可) |
| 動かし方 | NVIDIAのオープンソースライブラリ経由(GPU前提) |
| 対応する列 | 数値とカテゴリ。文章や画像、日時は前処理で変換 |
考え方はチャットAIに例を見せて答えさせるのと同じです。大規模言語モデルは、プロンプトにいくつか例を入れると、重みを一切変えずに新しい課題を解ける。これを表に当てはめて、何百万もの表で事前に学習したモデルに「ラベル付きの表」を文脈として読ませ、残りの行のラベルを当てさせる。
中身はTransformer
土台はTransformerで、表の形に合わせて3種類の注意の向け方を組み合わせています。
1つは列の中を見る注意。ある値が、その列の中で普通なのか極端なのかを読む。42という数字が年齢の列なら普通でも、別の列なら外れ値かもしれない。もう1つは行の中を見る注意で、同じ行の項目どうしがどう関係しているかを読む。最後に、ラベルのある行とない行を突き合わせて予測する。
細かい工夫として、表の行数が増えると注意がぼやける問題への対処が書かれていました。数百行ならくっきり効く注意も、数万行になると薄く広がってしまう。そこで行数に応じて注意の鋭さを自動で調整する。学習時より大きな表を渡されても精度が落ちにくくする仕掛けです。
欠損値も、埋める処理をせずにそのまま扱えます。分類では各クラスの確率、回帰では999段階の分位点が出てくるので、予測値だけでなく、どのくらい自信があるかも分かる。
本物のデータを一切使わずに学習している
いちばん意外だったのはここです。
Kumo Tabularの学習に使った表は、すべてプログラムで作った人工の表でした。ランダムに因果関係のグラフを作り、変数どうしを線形の式や小さなニューラルネット、決定木などでつなぐ。その一部を列として見せ、1つを予測の対象にし、残りは隠れた原因として伏せておく。現実のデータの裏に、測られていない原因があるのと同じ状況を再現しているわけです。
現実の表は汚いので、その汚さも作り込んでいます。値がいろいろな形で抜けている、同じ内容の行でラベルが食い違う、カテゴリの種類が極端に多い、外れ値が大きい。こうした表を何百万も見せて、掃除しなくても扱えるようにした。
学習に使った表の数は、Smallで約3,500万、Mediumで約7,100万、Largeで約1億3,700万。最初は1,024行の表で学ばせ、段階的に最大6万行まで広げたそうです。生成の手順と学習のレシピも近く公開するとしていました。
本物の顧客データを使っていないので、個人情報や機密が学習に紛れ込む心配はない。そこは企業にとって安心材料かもしれません。
性能
| ベンチマーク | 結果 |
|---|---|
| TabArena | 総合1位(Eloスコア1950)。LimiX-2より17倍速い |
| BeyondArena | 1位(Elo 1418) |
| TALENT | 分類の正解率・分類の損失・回帰の誤差のすべてで総合1位 |
| ScoringBench | LargeとMediumが平均順位で1位と2位 |
TabArenaでは、調整済みの勾配ブースティングやAutoGluon、ほかの表データ基盤モデルと比べて、標準設定のまま1位だったとのこと。ただ、これはNVIDIA自身の評価で、第三者が同じ条件で確かめた結果はまだ見当たりませんでした。ベンチマークの順位は、誰が、どの設定で測ったかまで見ておきたいところです。
公式が書いている限界
NVIDIAは限界もはっきり書いていました。
- 数値とカテゴリの列しか直接は扱えない。文章・画像・日時は付属の前処理で特徴量に変換する
- 1回の計算で分けられるのは10クラスまで。それ以上はライブラリ側の工夫で対応する
- 学習時の範囲を大きく超える表や、予測したい行が文脈の行と違う傾向を持つ場合は、精度が落ちることがある
3つ目は実務で効いてきそうです。たとえば去年の顧客データを文脈にして今年の新規顧客を予測するとき、顧客層が変わっていれば当たりにくくなる。NVIDIAも、どんな予測モデルとも同じく、自分の手元のデータで精度を確かめてから使うように、と書いていました。
誰が使うと得をするのか
動かすにはGPUとPythonの環境が要ります。ライブラリはpandasの表を受け取ってそのまま予測できる作りで、コード例も数行でした。ただ、表計算ソフトから直接呼べるような形ではない。データ分析の担当者がいる会社向けの道具だと思います。
それでも、「この表から予測モデルを作る」作業の手間が大きく減るのは確かです。特徴量の工夫やパラメータの調整に何日もかけていたところを、まず基盤モデルで当たりをつけて、足りなければ従来の手法に戻る。そういう使い方なら試す価値はありそうです。学習と推論の違いで言えば、学習の工程を丸ごと推論に置き換える発想。
普段の業務で表を扱う人なら、AIに表計算を任せる話とは別物だと考えたほうがいいでしょう。チャットAIに表を貼って傾向を聞くのとは違い、Kumo Tabularは数字の予測そのものを担う部品。用途がかなり絞られているぶん、その中では強い、という印象です。
出典
すべて2026年10月4日に確認したものです。
- NVIDIA Kumo Tabular Sets a New Accuracy-Efficiency Frontier for Tabular Prediction(NVIDIA・Hugging Face Blog・2026年9月29日)
- nvidia/Kumo-Tabular(モデルの重み)
- NVIDIA/structured-data-models(GitHub・ライブラリ)
- TabArena(ベンチマーク)

