翻訳の道具としてAIを使う人は多いはずです。ただ、従来の翻訳サービスと同じつもりで使うと、思わぬところでつまずきます。
性質が違うからです。
もともと翻訳のために作られた
意外に思われるかもしれませんが、いまの生成AIの土台は翻訳の研究から生まれました。
2017年のTransformerの論文が扱ったのは、英語からドイツ語への翻訳でした。WMT 2014という試験でBLEUという指標が28.4に達し、それまでの最高を2ポイント以上更新したと報告されています。
翻訳の効率化として始まったものが、文章生成全般に広がった。だから翻訳は、もともと得意な領域です。
従来の機械翻訳との違い
| 従来の翻訳サービス | 生成AI | |
|---|---|---|
| 訳の単位 | 文ごとに近い | 文書全体の文脈を見る |
| 用語の統一 | 揺れやすい | 指示すれば揃う |
| 文体の指定 | できない | できる |
| 補完 | しない | してしまうことがある |
| 安定性 | 同じ入力なら同じ訳 | 毎回わずかに変わる |
上の3つは利点です。長い文書で代名詞が何を指すかを追える。専門用語を指定した訳語で統一できる。硬い文体、柔らかい文体を選べる。
問題は下の2つでしょう。
書かれていないことを補う
生成AIは、次の語を確率で選んで文を作ります。原文に対応する語がない場合でも、それらしい文になるよう埋めることがある。
原文が曖昧なとき、あるいは主語が省略されているとき。従来の翻訳なら訳しにくい形でそのまま出てくるところが、自然な日本語になって返ってきます。読みやすいぶん、補われたことに気づきにくい。
契約書や仕様書のように、書かれていないことに意味がある文書では危険です。
同じ訳にならない
もうひとつが出力の揺れです。同じ原文を二度訳させると、微妙に違う訳が返ってきます。
章ごとに分けて訳すと、章をまたいで用語が揺れる。マニュアルを分割して処理したときに起きやすい問題です。
対処は、用語集を先に渡すこと。「この語はこう訳す」という対応表を指示に含めておけば、揺れがかなり抑えられます。
業務で使うときの手当て
実務では、次の3つを添えるだけで質がだいぶ変わります。
何の文書かを伝える。契約書なのか、宣伝文なのか、社内メモなのか。用途が分かれば訳の硬さが合ってきます。
読み手を伝える。取引先向けか、社内向けか、一般の読者向けか。
そして、補わないよう明示する。「原文にない情報は加えないでください」「曖昧な箇所は曖昧なまま訳し、注記してください」。この一文が効きます。
まとめて訳すか、分けて訳すか
長い文書をどう渡すかで悩みます。判断の材料を挙げます。
まとめて渡せば文脈が通り、用語も揃いやすい。ただし長い入力では真ん中の扱いが弱くなるので、中盤の訳が雑になることがあります。
分けて渡せば1回あたりが短くなり、精度は安定する。代わりに章をまたいだ整合が崩れます。
実務的な折衷案は、用語集を作ってから分けて訳す形でしょう。最初に全体をざっと読ませて用語の一覧を作らせ、それを各回の指示に添える。手間はかかりますが、長い文書では結局これが早い。
日本語から外国語へ訳すとき
方向によっても質が変わります。
学習データの多くは英語なので、英語へ訳す方向のほうが自然な文になりやすい。日本語へ訳す方向では、英語の構文を引きずった訳が出ることがあります。
日本語から訳す場合、主語の省略が問題になります。日本語は主語を書かないことが多く、そこを誤って補われると意味が変わる。「誰が」を明示してから渡すと精度が上がります。
敬語の扱いも難しいところ。英語には対応する形がないので、丁寧さの度合いを言葉で指定したほうが確実でしょう。
確認の方法
訳文だけを読んで確かめるのは難しい。自然に読めてしまうからです。
簡単なのは、訳文を原文の言語に訳し戻すこと。元の原文と並べて、意味が変わっている箇所を探します。補われた情報は、この工程で浮かび上がることが多い。
重要な文書なら、数字と固有名詞だけでも突き合わせます。桁の取り違えや、社名の微妙な変化は、読んでいるだけでは見落とします。
向かない場面
法的な効力を持つ文書の翻訳は、AIだけで完結させないほうがよいでしょう。契約書、規程、公的な申請書類。
下訳として使い、確認は人がやる。この形なら時間は大幅に短縮できます。最初から全部を任せる形にしないことです。
機械が下訳を作り、人が意味と責任を確かめる。役割を分けておけば、速さと確かさの両方が取れます。
出典
翻訳における評価指標の数値は、下記の論文に基づきます。従来のNMTと生成AI(LLM)系翻訳の性質の違いは、Google Cloudの公式ドキュメントの記述とも一致します。

