できることが増えると、任せる範囲が少しずつ広がります。
気づいたときには、任せてはいけないところまで渡している。先に線を引く考え方を整理します。
線は後から引けない
範囲は、意識しないと広がる一方です。
下書きを任せる。次に構成も任せる。そのうち、何を書くべきかまで聞くようになる。一段ずつなので、どこで越えたかが分かりません。
越えたことに気づくのは、たいてい問題が起きたときです。そのときには、自分で判断する感覚が鈍っている。
3つの基準
| 基準 | 意味 |
|---|---|
| 取り返しがつくか | 間違えたときに戻せるか |
| 自分が説明できるか | 質問されて根拠を答えられるか |
| 腕が落ちないか | やめると自分でできなくなるか |
3つ目が見落とされやすい。効率だけを見ると渡したほうがよい作業でも、渡し続けると自分の能力が下がるものがあります。
取り返しがつかないもの
送信、公開、署名、支払い。実行してしまうと戻せない行為です。
下書きまでは任せてよいが、最後の一押しは人がやる。この線は単純で、守りやすい。
自動で動く仕組みを組むときも同じです。人の確認を挟む場所を、最初に決めておく。後から挟むのは難しくなります。
動き出した仕組みを止めるのには理由が要ります。作る前に決めておけば、その説明は要りません。
説明できないもの
出てきた答えの理由を、自分の言葉で言えるか。
言えないなら、それは理解せずに使っている状態です。上司や取引先に聞かれたときに答えられません。
判断そのものを渡している場合に、この症状が出ます。素材を作らせているうちは起きない。線はこの手前にあります。
腕が落ちるもの
やめると戻れなくなる技能があります。
文章を組み立てる力、資料の構成を考える力、コードを読む力。使わなければ落ちます。落ちてから気づいても、取り戻すのに時間がかかる。
全部を自分でやる必要はありません。ただ、自分の仕事の核にあたる部分は、意識して残しておきたい。売り物にしている技能なら、なおさらです。
若手に渡す仕事が消える問題
効率だけを見ると、入り口の仕事から先に置き換わります。
議事録の作成、資料の下調べ、簡単な文書の下書き。これまで新人が担ってきた作業です。任せる相手が変わると、その人が経験を積む場所が消える。
数年後に育っていないことに気づいても、そのときには手遅れになります。組織としてはここがいちばん見えにくい損失です。
全部を人に戻す必要はありません。ただ、育成のためにあえて人にやってもらう作業を、意識して残す判断が要ります。
確認の質を落とさない
任せる範囲が広がるほど、確認の役割が重くなります。
ところが、確認は繰り返すほど雑になる。何度も問題がなければ、次から見なくなるからです。
見る箇所を決めておくと、この摩耗を抑えられます。数字、固有名詞、日付。ここだけは毎回見る、と決める。全部を見ようとするより続きます。
残す作業を決める
禁止事項として決めると、窮屈になります。
代わりに、「これは自分でやる」と決めた作業を挙げるほうがよい。週に一本は自分で書く。最初の構成は必ず自分で考える。この形なら続きます。
決めた内容は書き留めておきたい。頭の中にあるだけだと、忙しいときに簡単に崩れます。
半年に一度は読み返す。技能の重みも、道具の性能も変わります。去年引いた線が今年も正しいとは限りません。
線は人によって違う
同じ職種でも、引く場所は同じになりません。
文章を書くことが本業の人と、報告のために書く人とでは、残すべき技能が違います。前者にとっての核が、後者にとっては手段でしかない。
だから社内で一律に決めようとすると、うまくいかない。全社で決めるのは「取り返しがつかない行為は人がやる」までにして、残りは各自が決める形が現実的です。
自分の線を人に説明できるようにしておくと、任せ方の相談もしやすくなります。
人に関わる判断
採用、評価、契約の打ち切り。人の生活に影響する判断は、別枠で扱います。
効率の話ではなく、責任の話だからです。決めた理由を人が説明できない状態は、当事者に対して誠実ではない。
下読みや整理に使うのは構いません。ただ、最終的に誰が決めたのかが分かる形にしておく。この線は、組織として先に決めておくべきものです。
記録の残し方まで含めて決めたい。誰が、いつ、何を見て決めたか。後から問われたときに出せる形になっているかどうかが、実際の分かれ目になります。
出典
運用上の注意点は下記に基づきます。

